お風呂から上がると、いつものように宇賀神先輩の部屋で寝るまでの時間を過ごす。
初めは緊張しっぱなしだったこの時間も、6回目となればさすがに慣れてきた。
今日の宇賀神先輩は、ベッドに寝転びながら静かに本を読んでいる。
私もその隣に寝転んで、先輩の様子をうかがう。
【主人公】「先輩、何を読んでいるんですか? 小説……?」
宇賀神先輩が手にしている本を、横から覗き込む。
すると先輩からの視線を感じて、はっとなった。
(距離、近過ぎたかな……?)
けれど先輩は、特に気にしている様子はなかった。
(このくらいの距離なら大丈夫なのかも……)
ほっと胸をなで下ろしていると、おもむろに先輩が口を開く。
【 澪 】「……昔、俺が出演した映画の原作本だ」
【主人公】「そうなんですね。なんだか年季が入っているように見えますが……」
先輩が手にしている本は、表紙のカバーが外れていて、紙が少し変色しかかっている。
【 澪 】「そう古い本でもないんだがな……何度も読み返していたせいで、すっかりくたびれてしまった」
【 澪 】「あの頃、俺はまだ小学部の、しかも低学年だったからな。まだまだ芝居のことなんて全然分からなくて……しょっちゅう監督にダメ出しをされていた」
【 澪 】「どうしたらいいか分からなくなっている俺に、監督はこの小説を渡して言ったんだ。『こいつを10回読み返して、お前の意見を聞かせてみろ』って」
【主人公】「えっ? 低学年の子に……? とても小学生が読めるような小説ではなさそうに思えますが……」
ちらりと覗き見ただけでも、文字がびっしり詰まっていて、小学生が読むには難しそうな漢字が羅列されているのがわかる。
【 澪 】「分からない漢字や単語は全部調べた。そうして、自分なりの解釈が出来るまで、何度も何度も繰り返し読み込んだんだ」
【 澪 】「監督が10回読めって言うから、その10倍……100回読み込んで、次の撮影に臨んだ」
【主人公】「負けず嫌いな子どもだったんですね……」
【 澪 】「うるさい。……そしてその日の撮影で、俺は監督と、お互いの作品の解釈をめぐっての大喧嘩をしたんだ」
【 澪 】「当時はその監督のことをなんて頭の固い奴なんだと思ったものだったが、今思い返すと、デビューまもない小学生の子どもの意見をしっかり聞いてくれた……希少な人間だったな」
【主人公】「そうですね……。こうして話を聞いているだけでも、作品づくりにとても真剣な人なんだなと伝わってきます」
【 澪 】「ああ……。もうずいぶん会っていないが……久しぶりに、あの監督の作品に携わってみたいものだな。俺が当時からどれだけ成長したか、知らしめてやりたい」
【主人公】「…………本当に、負けず嫌いですね」
【 澪 】「フン、何とでも言え。……それからだな。原作付きの芝居の仕事が来た時は、必ずオファーが来た段階で原作を読破するようになった」
【主人公】「なるほど……」
頷きつつ、先輩の横顔をじっと見つめる。
私の視線に気付いた先輩は、「なんだ」と訝しげな顔をした。
【主人公】「お父さんへの復讐だと言っているわりには、宇賀神先輩は芝居が大好きなんだなと思って」
【 澪 】「……どうだろうな」
【主人公】「大好きだと思いますよ。……そうやって芝居のことを話してる先輩、すごく良い顔してます」
【 澪 】「……別に、そんな事は……」
もごもごと口籠る先輩がなんだか可愛く見えてしまって、私は笑みを浮かべる。
呆然と見上げると、彼は見たことのない顔をしている。
微かに寄せられた眉。切なげに細められた瞳。
いつも見てきた、あの綺麗な笑顔じゃない。私の胸まで締め付けれられるような……そんな顔。
【藤 吾】「……ようやく目を合わせてくれたね。気付いてた? 君はここ最近、ずっと俺とこうして向き合ってくれていなかった……」
【主人公】「そんな、こと……」
【藤 吾】「あるんだよ。俺はちゃんと気付いてたよ。今日は昼休みにも、俺のところに来てくれなかった」
【藤 吾】「ねえ、どうして? あの時澪と2人で、何を話してたんだ?」
【藤 吾】「答えてくれ。俺が納得いくように」
【主人公】「……っ」
(何も言えないよ……)
それを話すということは、私が抱いてしまった嫉妬心を姫崎先輩に知られるということだ。
(それだけは、どうしても嫌……)
【藤 吾】「……何か言えよ」
【主人公】「…………」
【藤 吾】「……言えよ! どうして何も言わないんだ! 君は……俺の恋人だろう!?」
浴室の壁に背中が当たる。気付けば、身体が囲い込まれていた。
悲し気に揺れる姫崎先輩の目が、私を捕える。目を逸らしたくても、逃げることを許してくれない。
【主人公】「どうして……そんな顔をするんですか……?」
(そんな……悲しそうな顔……)
感情が伺えない笑みばかりを浮かべていた彼が、声を荒げ、すがるように私を追いつめる。
まるで現実味が無いのに、掴まれた肩はやけに熱い。
【藤 吾】「わからない……俺にも」
姫崎先輩は、吐きだすように告げる。
【藤 吾】「……ずっと、君のことばかり考えていた」
【藤 吾】「君のことを考えるたびに気分が悪くなって、心臓が抉られるみたいに痛くなる。……こんなのは知らない」
【主人公】「姫崎せんぱ……」
【藤 吾】「……君が悪い。全部、君のせいだ」
【主人公】「っ!」
激しく睨み付けられて、言葉を失う。声を震わせ、姫崎先輩は私を責める。
【藤 吾】「君が突然、俺を突き放すからいけない。……今までずっと、本当に俺に恋をしているような顔をしていたくせに。それなのに……っ」
【主人公】「な……んっ!?」
【藤 吾】「……っ」
――言葉が飲み込まれる。
噛みつくように激しく、キスをされていた。
【藤 吾】「……っ……」
【主人公】「んん……っ」
がっちりと掴まれた顎に、指が食い込んで痛い。背中を壁に押し付けられ、思うように貪られる。
触れるだけのキスとは全然違った。吐息も丸ごと飲み込まれ、本当に食べられてしまいそうだ。
【主人公】「はぁ……っ」
……すっかり息が上がった頃、ようやく唇が離れていく。
くたりと力の抜けてしまった身体に、姫崎先輩がのし掛かってくる。
酸欠にぼうっとしていた私は、制服の襟にかけられた手を見て、はっと身じろいだ。
【主人公】「やっ、何を……やめてください!」
【藤 吾】「…………」
聞こえていないように、姫崎先輩は私に手を伸ばした。力任せに服の前を押し広げられる。
(や、やだ……!?)
混乱と羞恥で、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
水を含んでひどい有様になっていた服を脱がされると、私はもう抵抗すらも出来なくなっていた。
【藤 吾】「……俺から離れて、俺の知らない内にこんな傷を作って。……許せない」
地を這うような低い声が、耳を打つ。
先輩は、私の身体のあちこちに残る傷や痣に触れ、そのひとつひとつにキスを落としていく。
【主人公】「……っ、……や、やめて……」
【藤 吾】「駄目だ。これは罰だよ……君が俺から離れていったことのね」
【 剛 】「おい。なにやってんだよ」
【2 人】「っ!?」
椎葉さんが険しい顔で男性たちを睨む。
その迫力に、男性たちはあわてて私から離れた。
【ナンパ男1】「べ、別になにも? 俺達、雛ちゃんのファンでさ」
【ナンパ男2】「そしたら、雛ちゃんが握手してあげるっていうから」
(え? 私、そんな事……!)
それを聞くと、椎葉さんはフンと鼻を鳴らす。
【 剛 】「こいつがそんな愛想を振りまくかよ。ファンだったら、そのくらいわかんだろ」
【ナンパ男1】「あ、あはは……だよねえ」
男性達は笑顔を引きつらせながら一歩二歩と後ずさる。
そして決まりが悪そうに顔を見合わせると、そそくさと校門の方へ消えていった。
【 剛 】「……ったく」
椎葉さんはどさりとベンチに腰掛け、立ち尽くす私を視線で促す。
そっと隣に座ると、ずいっとたこ焼きが差し出された。
【主人公】「……ありがとうございます」
小さい声でお礼を言って受け取ると、椎葉さんは、ちらりと私を見やって短く息をついた。
【 剛 】「ああいうことって、しょっちゅうあんのか?」
【主人公】「いえ……初めてです。だからびっくりしちゃいました」
眉尻を下げて微笑む私に、椎葉さんが僅かに顔をしかめる。
【 剛 】「お前、割と天然っていうか 抜けてるとこがあるから気をつけろよ。念のため、さっきのことは與田に報告しといた方が……」
【 剛 】「……って、なにジロジロみてんだよ」
椎葉さんの横顔をじっと見つめていた私に気付いて、ハタと顔をしかめる。
【主人公】「いえ。椎葉さん、私が半径1メートル以内に入っても、すっかり普通にしてくれるようになったなと思って。……大丈夫ですか?」
【 剛 】「っ! そ、そういうの、わざわざ正面切って聞くかよ」
椎葉さんは途端に顔を赤くし、思い切り顔を背ける。そしてとても小さい声で、ボソボソと呟いた。
【 剛 】「まあ、お前は……なんていうか、さすがに慣れた」
【主人公】「本当ですか? それは、すごく嬉しいです」
思わず頬を緩めてしまう。
椎葉さんは、ニコニコと微笑む私を見つめて、鼻から息を抜いた。
【 剛 】「お前って、本当に変な奴だけど……笑うと普通に女子だよな」
(……普通に、女子?)
【主人公】「私は、れっきとした女子ですが……。それって、どういう意味ですか?」
【 剛 】「……別に。なんでもねえ」
そう言って、手に持っていたたこ焼きを頬張りだす。
私は、改めて椎葉さんに向き直った。
【主人公】「あの、椎葉さん。さっきは、助けてくれてありがとうございました」
【主人公】「それ以外にも、椎葉さんは色々と気遣ってくれていつも感謝してます」
【 剛 】「…………」
すると椎葉さんは、たこ焼きを食べる手を止めて、楊枝の先を、じっと見つめた。
抵抗する間もなく、私はベッドの上に押し倒された。
【 円 】「どう? 男にこうされたことある?」
私は声が出せず、そのまま首を横に振る。
押さえつけられた上半身はビクともしない。
【 円 】「今、どんな気持ち?」
どう答えていいか分からず、私はただ無言で久世君を見上げる。
【 円 】「……あんたが今感じてる気持ちが、マリナがヨハンに押し倒されたときの気持ちだ」
【主人公】「あっ……!」
【 円 】「好きでもない男に押し倒される気持ち、掴めたか?」
頭の中がひとつクリアになったようだった。
だけど、久世君の演技指導はこれだけじゃ終わらなくて……。
【 円 】「んで、このまま俺があんたにキスをしたら……」
ゆっくりと近づく久世君の端正な顔立ち。
組み伏せられたままの私は、その場で言い様のない複雑な気持ちを感じていた。
(私……このままキスされちゃうのかな)
心臓がドキリと跳ねる。
もうすぐそばまできている、久世君の唇に……どうしていいか分からず、私はぎゅっと目をつぶった。
視界が真っ暗になると、心臓の鼓動がよく聞こえるようになる。
それは何かを期待するようにどんどん大きくなっていって……。
(ど、どうなっちゃうの……!?)
まるで今にも破裂しそうなほどに、私の心は揺さぶられ続けていた。
【 円 】「……ははっ、ばーか」
【主人公】「えっ……」
目を開けると、そこにはもう久世君の顔はなくて。
【 円 】「俺のキスは安くないの。そう簡単にはしてやらない」
ベッドに腰かけたままの久世君はおかしそうに笑う。
【 円 】「早く治せよ。稽古場で待ってるから」
そう言ってベッドから立ち上がると、久世君は私に振り向くことなく部屋を出ていってしまった。
今まで彼が座っていたところには、まだ彼がいた余韻が残っている。
【主人公】「……また熱が出ちゃったかも」
私はさっきよりも火照った頬の熱と、早まる鼓動を感じながら布団の中に潜り込んだ。
【乃 亜】「ん~、学校着いた~! ぽっかぽかで、いいお天気だ~」
【藤 吾】「本当に、春らしい陽気だね」
【乃 亜】「授業なんて受けないで、このまま遊びに行きたくなるな~」
【藤 吾】「それはダメ。後輩達に示しがつかないからね。ねぇ、澪?」
【 澪 】「…………」
【乃 亜】「澪も一緒に遊ぼうよ~」
【女子生徒1】「宇賀神先輩達が学校にいらっしゃったわ!」
【女子生徒2】「挨拶しなくちゃ! 今日こそ目を合わせてもらいたい~!」
(……やっぱり、先輩達だ。今日もすごい人気だな)
――数々の名だたる有名俳優を輩出してきた国内屈指の演劇学校である黒曜芸術高等学校演劇科。
卒業した者は、芸能界での活躍が確約されていると評されるこの学校には、今、絶大な人気を誇る役者3人組がいる。
それは――……
【女子生徒1】「おはようございます、先輩方!」
【乃 亜】「みんな、おはよう~。って、もうこんにちはの時間だと思うよ~」
明るく元気な二枚目役から、自身のイメージとは離れた汚れ役まで、才能溢れる幅広い演技でどんな役でもこなす、マルチ俳優の有村乃亜。
【女子生徒2】「姫崎先輩、今日もかっこいい……」
【藤 吾】「どうもありがとう。悪いんだけど、そこ、通してもらえるかな?」
【女子生徒2】「あ! す、すみません!」
高校生とは思えない大人顔負けの落ち着いたキャラクターが話題……
大きな役にこそ恵まれないものの、作品を彩る名脇役として活躍する、姫崎藤吾。
そして――……
【女子生徒1】「宇賀神先輩、今日もクールでかっこいい……」
【女子生徒2】「うんうん、素敵だよねぇ~」
【 澪 】「…………」
(宇賀神先輩……)
ずば抜けた演技力と端正な容姿を併せ持った、今、同世代の役者の中で最も注目されている若手俳優――宇賀神澪。
すでに芸能界で大いに活躍している先輩達3人は、校内はもちろん、世間でも注目の的となっている。
宇賀神先輩の手が、私の手を掴む。
【 澪 】「人の人生を狂わせるほどの『女』の魅力って、何なんだ? 『女』には、そこまでの魅力があるのか?」
【主人公】「それは……っ」
掴まれた手に、どんどん力が込められていく。
(痛……っ!)
痛みに顔を歪ませるものの、先輩は決して手を離してくれない。
【 澪 】「……俺に教えてくれよ。女の魅力を――」
【主人公】「っ!? きゃっ!?」
宇賀神先輩は私の腕を思い切り引っ張ると、私の身体を力任せにベッドへ押し倒す。
逃げる間もなく上にのし掛かられ、自由を奪われてしまった。
【主人公】「先輩、何を――」
抵抗する私をベッドに押しつけると、先輩は私の服に手を掛け、押し広げていく。
【主人公】「っ!? や……やめてください! 宇賀神先輩!」
何とか逃げようと手足を暴れさせてみても、男の人の力には敵わない。
乱暴に服を剥ぎ取られると、胸元が露わになった。
(……っ!?)
先輩の突然の行為への困惑と、誰にも見せた事のない素肌を晒された羞恥に、思考がまったく付いていかない。
暗い部屋の中で、テレビが灯りを放っている。
映し出されているのは、今日、彼が借りて来たDVD。最近貸し出しになったばかりの映画だという。
【主人公】「……?」
……主演の男の顔を、私は知っている気がする。以前、どこかで会ったような……。
(どこだったっけ?)
朧げな記憶を辿ってみるも、思考はふわふわと不鮮明ですぐに霧散してしまう。私はすぐに諦めて、画面から目を逸らした。
【藤 吾】「……?」
そんな様子を見て、彼がベッドに近寄って来た。
起き上がりたいけど、それはまだ出来ない。後ろでひとまとめにされた手が、私の動きを封じているからだ。
【藤 吾】「澪が出てる映画なのに、君は見ないの?」
彼の問いに、ふるふると首を振って答えた。だって、興味が無いから。
彼は満足げに微笑んだ。優しく私の頬に触れてくれるのを、嬉しく思う。
【藤 吾】「そっか、そうだよね。君は俺だけ見ていればいいんだもんね」
【主人公】「ん……」
【藤 吾】「いい子だね」
伸し掛かって来た彼の重みで、ベッドが沈んだ。
こくりと頷けば、額に口付けが降りてくる。
彼が触れてくれる度に胸が震え、甘いため息が零れた。
……この手錠を、彼が早く外してくれればいい。そうしたら、自由になった腕を彼の背中にまわせるのに。
【主人公】「あ……っ」
【藤 吾】「……そうだよ。ずっと俺を見てて。俺がこれ以上、君から奪わずに済むように」
【藤 吾】「この部屋で、俺だけを見ていて……」
ふとその時、椎葉さんに対する想いが胸の内から込み上げてきた。
(そう、私はもっと椎葉さんとおしゃべりしたいし、ゲームをしたいし……キスだって、したい)
(ずっと避けられているなんて、寂しい)
(私は……もっと椎葉さんのそばにいたい)
【主人公】「……椎葉さん」
数歩近づいて、椎葉さんの顔を下から覗き込む。
【 剛 】「……ん?」
戸惑う瞳に吸い込まれるように、背伸びをして。
気づくと、私は――……
椎葉さんの唇に、自分の唇を重ねていた。
【 剛 】「……っ!?」
互いの熱が触れ合うと、椎葉さんは大きく目を見開いた。
【主人公】「…………」
私はそっと身体を離して、また椎葉さんと向かい合う。
【 剛 】「な……、なっ……!?」
椎葉さんは後ずさるでもなく、そのままの体勢で、身体を震わせる。
【主人公】「椎葉さん……。今のは、芝居でも何でもないです。『私』からの、キスです」
【主人公】「このキスは、正真正銘の『私』の気持ちです。……突然勝手な事をして、ごめんなさい」
【 剛 】「…………」
暗くなった空に、花火が打ち上がる。
【 円 】「おっ、始まったな~!」
花火の光が、久世君の輝く笑顔を闇に浮かび上がらせた。
【 円 】「すごい……」
久世君は呆気にとられたように、空を見つめる。
私は花火より、久世君の表情に目を奪われていた。
ころころと表情が変わる久世君は、色とりどりの花を咲かせる花火に似ていた。
その間にも、大きな花火が数発上がる。
【 円 】「本当、キレイだな……」
花火の大きな音がして、久世君の瞳にまた赤や黄色の光が映り込んだ。
【 円 】「…………」
(久世君、始まる前はあんなにはしゃいでたのに……)
目の前の横顔が急に大人びて見えて、私は不思議な気持ちにとらわれる。
(子どもみたいな久世君と、大人びた久世君。どっちが本物の久世君なんだろう……)
打ち上げられた一際大きな花火が、久世君の燃えるように赤い髪をちりちりと照らし出す。
ミステリアスな久世君の存在が、花火の下で際立って見えていた。
(久世君の髪、キレイだな……)
私は吸い寄せられるように、彼の髪に手を伸ばす。
しなやかなその手触りを感じた時――。
【 円 】「ん……?」
久世君の目が、くるりとこちらを向いた。
(あれ、私どうして……)
我に返り、自分の行動に驚いてしまう。
(理由もなく人の髪に触れるなんて、どうかしてる……)
そろりと手を引っ込めると、久世君が不思議そうに聞いてくる。
【 円 】「俺の髪にごみでもついてた?」
【主人公】「あ……はい……」
どう答えていいかわからずに、私は曖昧に頷いた。
(つい、ウソついちゃった)
【 円 】「そっか、ありがとな」
久世君は照れたように微笑むと、そのまま私を見つめる。
(えっ?)
久世君の手が伸びてきて、私の顎に添えられた。
触れられたことに驚くうちに、彼の顔が間近に迫ってくる。
【 円 】「…………」
(えっ、これって……?)
唇同士が触れそうになり、私は慌てて手でそれを防ぐ。
【 円 】「……っ!?」
私に拒まれた久世君が、心外そうに目を見開いた。
【 円 】「おい……」
私は慌てて手を下ろす。
(唇、触っちゃった!)
(久世君が急に迫ってくるから!)
手のひらに感じたやわらかい感触に、心臓がとくとくと音を立てる。
【 円 】「……ダメだった?」
【主人公】「えっ!!?」
【 円 】「お礼のキス、しようとしたんだけど……」
【主人公】「キ……!!? だ、ダメに決まってます!」
【 円 】「そんな深い意味はない。ただのお礼だって」
【主人公】「お礼は、言葉で……いいです……」
しどろもどろで言いながら、顔がかあっと熱くなるのを感じる。
【 円 】「あ、そ……」
久世君がつまらなそうに眉を下げた。
【 円 】「そんな思いっきり引かれると傷つくんだけど……」
【主人公】「…………」
【 円 】「……でもあれか」
【 円 】「さっきは手え繋いだだけであんた、緊張してたもんな」
【 円 】「キスまでにはもうちょっとスキンシップが必要だったか……」
久世君は、ひとり納得したような顔をしている。
【主人公】「そ、そうじゃなくて。キスはそんなふうに簡単にしちゃダメだと思います……」
【 円 】「ん、そういう考え?」
まだドキドキしている私の前で、久世君は困ったようにため息をつく。
【 円 】「……あんた、もしかしなくても、キスしたことないの?」
【主人公】「ない……です……」
ふるふると首を振ると、久世君が何か考え込むようにして私の顔を見つめてきた。
【主人公】「え、何ですか……?」
【 円 】「そっか。そのキレイな唇、誰にも触れさせてなかったんだ?」
久世君の瞳がまた、花火の光を反射してきらりと輝いた。
【 円 】「だったらあんたのファーストキス、いつか俺が貰ってやるからな」
【主人公】「それは……」
【 澪 】「……スイカ割りとは、なんだ?」
【 円 】「は?」
【セ ラ】「えっ……れい、スイカ割り知らないの?」
【 剛 】「マジかよ……」
【 澪 】「藤吾、乃亜、知っているか?」
【乃 亜】「知らないな~」
【藤 吾】「知識としては知ってるけど、実際に目の当たりにするのは初めてだよ」
【 剛 】「まったく、これだからお坊ちゃん達は……」
【 円 】「俺もお坊ちゃんなんだけど」
【 剛 】「お前は何か違う」
【 円 】「なんだよそれ」
【 澪 】「それで、何なんだ。スイカ割りとは」
【 剛 】「仕方ねぇな。こうなったら、俺たちで教えてやろう!」
【セ ラ】「ふふっ、それいいねー。れい、こっち来て!」
【 澪 】「ちょっ、おい、引っ張るな……!」
【 円 】「で、目隠し」
【 澪 】「な、なんだこれは」
【 剛 】「大人しくしてろって」
【 澪 】「不用意に俺に触るな、おい……っ!」
(椎葉さん、目隠しをする手が素早い……!)
【 澪 】「…………」
【乃 亜】「わぁっ! 澪がひどい目にあってる~!」
【藤 吾】「ぷっ、ふふっ……」
【 円 】「それから棒を持って、グルグルグルーっと大回転!」
【 澪 】「ちょっ、なんだ、おい……!」
【YUE】「ちょ、ちょっと……それって回しすぎじゃないかな?」
【 剛 】「こういうのはやり過ぎるくらいがいいんじゃねーか」
【 円 】「ストップ! じゃあ、宇賀神。持ってるその棒で、スイカを叩け!」
【 澪 】「はあ……なんだ、スイカを叩けばいいのか?」
【 円 】「そうだ、出来るならな。その状態でスイカを叩くなんて、あんたには出来な――」
【 澪 】「はぁッ!!」
【主人公】「えっ!?」
【那由多】「……!?」
(す、スイカが見事に真っ二つに……!?)
【YUE】「わあっ! 澪君、すごーい!」
【 円 】「なっ……なんで……」
【 澪 】「フン……。役者のトップなら、視界を塞がれようとも、スイカの気配くらい読める」
【 剛 】「嘘だろ……」
【 澪 】「まったく、くだらない遊びだ……」
(スイカの気配が読める、なんて……)
【主人公】「宇賀神先輩って、やっぱりすごい人なんだね……!」
【那由多】「すごい……!」
【悠 翔】「あ、あははは……。うん……」