「デートに行きたい……です」
突然のこいつの台詞に一瞬、思考回路が止まる。
千羽が主役を務めるドラマ撮影の仕事が終わりアパートに戻って来たのは3時間前。
その後、食堂で今日の料理当番だった由衣が作った、あったかいクリーミーシチューをアパートの住人と一緒に食べた。
早朝からのロケだったこともあって腹がいっぱいになった途端、眠気に襲われ、今日は早めに風呂入って寝ようかなんて考えていたら、セラが頭にでっかい箱を抱えて俺の前に現れた。
(嫌な予感がする)
そう思って踵を返した先には環とこいつがいて挟み撃ちにされたところで、少し遅れて剛がやって来た。
そして、俺の予感は当たった。
「まどか、ボードゲームをやるよ!」
セラの一言がきっかけで俺はそこから2時間近く、理不尽さを味わいながら、人生を全うするまでボードゲームに付き合わされた。
緻密な戦略で確実にイージーな人生を歩もうとする環に、運だけで楽な人生を歩むセラ、山あり谷ありだけど結果オーライな人生を歩んだのは剛で、こいつは見ていてかわいそうになる程、悲惨な人生を送っていた。
ただでさえ悲惨な人生を送っているこいつに、セラが容赦なく追い打ちをかけるもんだから、金はなくなり、職業はろくなものにつけず、それでも、なんとか涙目になりながら悲惨な人生を全うしていた。
なのに、終わった後には「楽しかったです。阿久根君、またやりましょう。次は負けません!」と間抜けな顔をして笑ってるもんだから、なんだか俺まで楽しかった気がしてきて、我ながら単純だなと思った。
けど、セラはセラで「オレだって負けないよー。もっと悲惨な人生を送らせてあげるね❤あ、まどかもごーもたまきもだよ」と、自信満々で挑発してくるから、むかついてとりあえず一発殴った。
心の中で、こいつの敵だ、なんて思いながら。
あの後、ボードゲームを片付けて部屋に戻ろうとした時、こいつにきゅっと裾を掴まれた。
何か言いたそうにしているけど、なかなか言葉が出てこないみたいで、こういう時にせかすと言葉を引っ込める癖があるのは分かっているから、そのままこいつが言葉を見つけるまで待つ。
その間、伏せたまつげが長くて綺麗だなんて思いながら見ていたら、発せられた言葉がさっきの言葉ってわけ。
長くなったけど、これが前置き。
「あ、ああ。デートか。いいよ。いつ行く?」
「ほ、本当!?」
さっきまでの表情とは打って変わって、一瞬でぱぁっと花が開いたみたいに笑顔が咲きこぼれた。
「本当。って、悪い。こういうのは俺から誘うべきだったよな」
「そんなことない! だって円君は忙しいし……」
「忙しいのは関係ない。俺もあんたとどっか行きたいって思ってたんだ。んでも、どのタイミングで誘うか考えてた。だから、誘ってくれて……その、嬉しい」
「……うぅ……」
突然、顔を曇らせるこいつ。
(俺、何か気に障るような事でも言ったのか?)
「ん? どうした?」
「あ、あの……」
もじもじしたかと思えば、次はきょろきょろし出すし、あきらかに落ち着きがない。
「なんだ? 何かあるのか?」
「いえ……そういうわけでは……」
言い淀んでから、ぐっと何か決意したかのように頷くと、「耳を貸してください」と小さな声で言われ、腰を屈める。
すると……。
「円君の言葉が嬉しくて……抱きしめたくなったんですけど、ここだと人目につくので我慢します。よければ、今度……抱きしめてくれると嬉しいです。デート、楽しみにしてます」
真っ赤な顔でそのまま「おやすみなさい」と言うと、部屋に戻って行こうとするから、その手を掴んでドアを開け、驚くこいつを俺の部屋に引っ張り込んだ。
バタン、とドアが閉まる音が合図になって、ふたりぼっちの世界が作られる。
ふたりしかいない世界で、俺はこいつをぎゅっと抱きしめる。
俺の腕の中で最初はかたくなっていたこいつは、少しずつ力を抜き、おそるおそる俺の背中に腕を伸ばすと、そのままぎゅっと抱きしめた。
あったかくて、いいにおいがして、やさしくて。それは全部、俺だけのもので。
こいつが俺に与えてくれるもの全部、こいつにも与えられていたらいいなと願いながら、頭の中でスケジュールを思い出していた。
なるべく早く、こいつの望みを叶えてやりたい。
何より、その望みは俺の望みでもあるのだから――。
* * * * * * * * *
A few days later
「準備できたか?」
「はい! 出来ました!」
「じゃあ、そろそろ行くか?」
「はい!」
俺の問いかけに満面の笑みで答えるこいつを見て、今日はいい日になるんだろうなって確信していると、背後からバタバタと騒がしい足音が聞こえて来た。
(嫌な予感が……するまでもないか)
「まどかときみはこれからデートなんだよね? 行ってらっしゃぁ~い」
「君達は芸能人なんだから、見つからないように気をつけると良い」
「と、とにかく、楽しんで来い!」
セラに環に剛がずらりと勢揃いし、教えてないはずの情報を“何故”か知っていて、“何故”か応援してくれている。
「ありがとうございます。楽しんできます」
(こいつは疑うことなく律儀に答えてるし……)
「元からそのつもり。で、何を企んでるんだ?」
ギクッという音が聞こえてきそうなくらい大げさに肩を揺らしてから、すぐにアイドルらしい表情を作って、セラが答えた。
「……あ、あははははは、何も企んでるわけないでしょ? まどかはあれだよ! あれ! じこちゅーだよ!」
「自己中……ではないと思うが」
「あれー」
「なあ……もしかして、それ自意識過剰じゃないか?」
「もーどっちでも大体同じだよ! ごーは黙ってて!」
「お、おう……」
「ってことだから、まどかはじいしきかじょーなんだよ! オレちょおちょおちょお売れっ子アイドルだから、まどかと君の尾行してるほど暇じゃないの。だから、さっさと行きなよ! さあさあ」
話を強引に切り上げ、セラは俺とこいつの背中をぐいぐいと押すと、俺達を玄関の外に追いやった。
「じゃあねーいってらっしゃーい」
「楽しんでくるといいよ」
「と、とにかくデート、楽しめよ!」
「ごーはわざとらしい! もっと自然に! ナチュラルに!」
「デート楽しんで来たまえ!」
「ダメだこりゃ」
あいつらにひらひらと手を振りながら、こいつは楽しそうに笑っていた。
見え見えの芝居。分かりやすい作戦。
(まあ、あいつらが考えてることなんか大体分かるけど……)
セラと剛の中に環がいて、2人と楽しそうに話しているのを見たら怒る気にもなれなくなった。
「じゃあ、行くか」
「はい」
変装用のサングラスをかけると、俺はこいつの手をとった。
せっかくのデートなんだし、手を繋ぐくらいは許して欲しいもんだ。
* * * * * * * * *
Blackish House side Sera→
「よし、行ったね! んじゃ、オレ達も作戦けっこーです!」
「けどよ、本当にやるのか? 久しぶりのオフなんだし、俺は家でゲームしてたい」
「ぶーぶー! ごーノリ悪い! そうやって家にこもってゲームばっかりしてるから、モテないんだよ」
「うぐっ」
「この作戦は、ごーのためでもあるんだよ」
「確か……デートの仕方が分からない椎葉さんのために、円と彼女のデートを尾行して、男女交際というもの、ないしはデートのプロセスやエスコートの仕方を学んでもらうのが目的だったよね」
「そう! それ! まどかはああ見えてオンナ慣れはしてるから、デートでもスマートに行動するはずなんだよ。その様子を見て、ごーはたくさん勉強して。じゃないとこの先、ずっとずっとチェ……むぐっ!」
「だあああああああああその先は言わなくていい!! 分かった! 分かったっつーの」
「最初からそう言いなよ。も~」
「ねぇ、ここでいつまでも話していると、彼らを見失うと思うんだが……」
「あっ……」
「へっ……」
「ごーのせいだ!! 早く出掛ける準備して! サングラスよーし! マスクよーし! キャップよーし! 変装はバッチリ★ってことで、行くよー!!」
「ちょ、まっ、待てって! うおおおい!」
「ふふっ、賑やかな一日になりそうだ」
* * * * * * * * *
Blackish House side Madoka←
ゆらゆらと青白い光が差し込む中、手を繋いで歩く。
周りは暗く、一部だけが青白く照らされた空間は、水槽の向こうにいるやつらと同じように水の中にいるみたいだった。
「あ、あのお魚さん、美味しそうですね」
「……」
「あ! あれ、悠翔が焼き魚にすると美味しいって言ってました」
「…………」
「この魚……由衣さんが甘露煮にしてくれた魚じゃないですか」
「……ぷっ」
「円君……?」
「ははははは。ダメだ。頑張って堪えてたけど、堪えきれねー」
「えっ……」
「さっきからあんた、食べる話ばっかしてる。水族館に行って、そんな話するオンナ初めて見た」
「……うっ」
自分が今まで何の話をしていたか気付いたのか、青白い光に照らされた頬が熱を帯び赤くなっていくのが分かる。
「すみません……つい……」
「謝ることじゃないよ。そういうところ、すごくあんたらしいと思ってさ。魚が綺麗ですねって話されるより、よっぽど楽しいし笑える。にしても、悠翔のヤツ、あんたに何教えてんだろうな」
「前のアパートに住んでいる時に、テレビで魚が映し出されると、よく教えてくれたの。悠翔の話に那由多も私も夢中になって、いつか3人で食べられたら良いねって話してた」
「そっか。その話、今はなし」
「えっ……」
「なんだか妬ける。当たり前の事だけど、俺より悠翔や那由多の方があんたと一緒に過ごした時間が長い分、たくさんそういう思い出があって。特別な思い出じゃない思い出がたくさんあるの、すごく羨ましくなる。羨ましがっても仕方ないって分かってるのに」
「……円君。これからだよ」
「えっ……」
「これから、たくさん思い出を作っていこう。今日みたいな特別な思い出や、何気ない思い出も。これから私達、一緒にいるから、きっとたくさん作れるよね」
「……あ、ああ。そうだな。作ろう。思い出たくさん」
「はい!」
さっきまで赤く染まっていた頬はそのままに、可愛い笑顔を浮かべて俺を見るから、抱きしめたくなる衝動を抑えるのに苦労したのは言わないでおく。
そう思ったこの瞬間も、もう俺の中では大切な思い出、だ。
「あ!」
「ん? なんだ」
「あのお魚……姫崎さんに似てませんか?」
「マジだ。なあ、あれは宇賀神に似てる!」
「本当だ。むっすりしたところが似てますね。あそこに由衣さんみたいなお魚さんがいます」
「由衣みたいにのんびりしてんな。おっ、俺達の声が聞こえたのかほっぺふくらませたぞ」
「由衣さんを怒らせちゃったみたいですね」
「帰ったら謝らないと、飯作ってくれなさそう」
「それは困ります。ちゃんと謝りましょう」
「ははっ、そうするか」
同じものを見つめ、笑い合うだけで心が満たされるのは、俺が恋をしている証拠なのだろう。
そんなことを思いながら、背後にいるやつらを横目に見つつ、楽しそうに笑うこいつを見つめながら水槽を眺めた。
* * * * * * * * *
Blackish House side Sera→
「なんだか楽しそうに話しているな」
「まどかがあんなにやさしい顔をしてるの、初めて見たかも」
「恋をするとああいう顔になるって聞いたことがある」
「えっと……聞きたくないけど、いちおー聞くね。誰に?」
「…………アンビリバブルガールズの親友キャラ、鋼誠(はがね まこと)にだ」
「……とても強そうな名前だね」
「環、まともに相手しちゃだめだよ。行こう」
「あっ……うん」
「おい! 先に聞いてきたのはお前の方だろう!」
環の手を引いて、人混みに紛れていくまどかとあの子の後を追う。
なんでこんなことをしてるのかオレにも分からない。
せっかくのオフなのに、わざわざ出掛けたりなんかしてさ、いつもだったら、部屋に引きこもるか一人でふらっとどこかに出掛けるのに。
誰かに干渉するのも干渉されるのも嫌い。好きじゃない。
でも、なんでか今、この瞬間、すごく楽しくて仕方ないんだ。
* * * * * * * * *
Blackish House side Madoka←
水族館を出て、近くの海浜公園を歩く。
波の音、鳥の鳴き声、それから、さくさくさくさくと小気味の良い足音を聞きながら、散歩をする。
会話の中心はもっぱらさっき見てきた魚の話か、変人が集まっているアパートの住人の話だ。
俺達が付き合っていることを知っても、住人の奴らの対応は今までとは変わらない。
変に気を遣うこともなく、かと言って茶化すこともなく……っていうのは、ちょっと嘘だな。
剛なんか俺とこいつが一緒にいるのを見ただけで、頬を真っ赤にして、何故か上擦った声でぎこちなくなるし、セラなんか「どこまでいったの? これからいちゃいちゃするの?」って真っ赤になるこいつにわざと聞いてくる。
まあ、例外はこの2人だけ。
意外なことに、環は俺に対してもこいつに対しても変わらなかった。
それどころか最近は穏やかに笑っている。
(あいつも前を向いてくれたってことなのかもな)
ずっと誤解をし続けていた俺と環の関係を変えてくれたのはこいつだ。
「なあ、ありがとな」
ふいに零れた言葉に、こいつが驚く。
「何がですか?」
「環とのこと。あいつ、最近、変わった気がする」
「ふふっ、それは私の力じゃなくて円君の力ですよ。円君が環君のことを大切に思ってたから、そのことに気付いた環さんが自分から変わろうとしたんです」
「だとしても、きっかけはあんただから」
「……円君は本当に環君が大切なんですね」
「まあ、な。兄弟だし」
「円君が照れてる」
くすくすっと悪戯っ子のように笑うこいつが可愛くて、そっと顔を寄せて頬にキスをひとつ。
「なっ、円君!?」
「これくらいなら、いいだろ?」
「…………は、はい。許します」
「ありがとな」
わしゃわしゃと頭を撫でると、困った顔をしながらもこいつが笑った。
この瞬間を、切り取って残しておきたいと思ったけど、今スマホを出しても、この表情は撮れない気がしてやめた。
遠くでどっかの間抜け達の声が聞こえたけど、聞こえないふりをして、また浜辺を歩く。
この時間は永遠に続かないからこそ、愛おしいんだと思いながら――。
* * * * * * * * *
Blackish House side Sera→
「な、な、な、な!! 接吻!! 接吻をしたぞ!」
「接吻って……ごーいつの時代の人だよ。タイムスリップでもしてきたの? それにほっぺじゃん。大したことないでしょ」
「だが! だが!」
「椎葉さん、接吻でなく、ほっぺにちゅーだよ」
「そうか。ほっぺにちゅーしたぞ!」
「言い直さなくていいし、たまきもごーで遊ばないで」
「バレてしまったか」
「俺遊ばれてたのか?」
「そんなことにも気付かないなんてごーはだめだめだね。あ、また歩くみたい」
「今日は絶好の散歩日和だからな」
「ホント、仲いいよねー。オレもコイビト作ろうかな」
「恋人はそんな簡単に作るものじゃないだろ!」
「えーごーかたすぎ。とりあえず付き合ってみないと合うか合わないかなんて分からないじゃん」
「そうだけどよ……。でも、こう、あるだろ? 運命の出会いをしてさ……」
「例えば?」
「食パンを食べながら走っていたら、ぶつかって……とか」
「ごー、マジでいつの時代の人なの? 大丈夫?」
「あれは理想の出会い方なんだぞ。偶然がもたらした奇跡と言っても過言じゃなくて……」
「あっ、まどか達が見えなくなりそう。行こう、たまき」
「そうだね」
「そもそも、古典的と言われるが最近のオタク業界は軟弱な出会いを推奨し過ぎなんだ。いきなり風呂釜の中から女人が現れたり、かと思えば……って、おい!! 俺を追いて行くな!」
* * * * * * * * *
Blackish House side Madoka←
ゆっくりと夜の帳が下り始め、辺りは薄紫色に染まっていく。
夕飯を食べて帰る計画を変更し、俺達はアパートに向かって歩いていた。
理由は単純。
今夜の料理当番がこいつだったのだ。
「本当にすみません……」
「だから、もう気にするなって。あんたの手料理食べたいと思ってたし、ちょうどいい」
水族館を出て、浜辺を散歩して、夕飯を食べに行こうかという話になったところで、今夜の料理当番だったことを思い出してから、こいつはずっとこんな調子でしょげている。
「でも……」
「なあ、またデート行こう。もちろん、その時はふたりとも料理当番じゃない日を選んでさ、んで、めちゃくちゃ美味しいものを食べに行こうぜ。今日は残念だったけど、楽しみが次に延びただけって思えば、そんなに残念じゃないだろ?」
「は、はい! そうですね! 楽しみが出来ました」
さっきまでしょげていたのに、今は楽しそうに笑っている。
その顔を見られて、安心しているのは俺だ。
「じゃあ、そういう事で。あ、今日はたくさん動いて腹減ってるから大盛りでな」
「任せてください」
歩き慣れた道を、俺達の家に向かって歩く。
そろそろネタばらしをこいつにしてもいいかなって思い始めたところで、背後が騒がしいことに気付き、振り返った――。
* * * * * * * * *
Blackish House side Sera→
「なんで、まっすぐ帰ってるんだろう? てっきりふたりは夕飯を食べに行くんだと思ってた」
「そうだな。せっかくのデートとやらなんだし……」
「あっ……」
「たまき、どうしたの?」
「今日の料理当番が彼女だからじゃないかな?」
「えっ、そうなの?」
「そう言えば、確かに。あいつだった気がする」
「も~色気ないな~。料理当番なんか無視しちゃえばいいのに」
「それが出来ないのが彼女の性格なんだろうね」
「俺が代わればよかった」
「そうだよ! ホント、ごーは気が利かないよね」
「すまない……」
そんな話をしながら、まどかとあの子の後を追っていると、オレ達の真横にやたら威張り散らしたように走る車が止まった。
「ん?」
不信に思いじーっと見ていると、ウイーンと、のんきな音を立てて中からもっとのんきな声が聞こえてきた。
「あれれれ~君達、何してるの~?」
車の中には、のあにとーごにれいがいて、興味津々にオレ達を見ている。
「しー!! 今は尾行中で忙しいの! あっち行って」
「何やら面白そうな事をしているみたいだね」
「え~そんな話を聞いたら、あっちには行けないよ~」
「くだらない」
思い思いにつぶやく、この人達の相手をする気になれなくて、めんどくさいなと思っていると、今度は――。
「阿久根に椎葉さんに久世……それに、有村先輩達も。こんなところで何をやっているんですか?」
「……怪しい」
はるとなゆまで加わって……もう手に負えない。
「はぁ……」
説明するのもめんどくさくなってため息をつきかけた時――。
* * * * * * * * *
Blackish House side Madoka←
「何やってるんだよ」
俺達の背後には、由衣をのぞいたアパートの住人達が勢揃いしていた。
大方、尾行をしていた3人が帰宅途中の宇賀神達と悠翔達に見つかったんだろう。
こいつは驚いた顔をしていたんで、軽く説明をすると、あれだけ派手に騒ぎながら尾行しておいて気付かれていないと思っていた3人は、こいつ以上に驚いていた。
事情を察した悠翔達と宇賀神達は、先に帰って行った。
俺達は、そのまま3人を連れて夕飯の材料を買い出してから帰る事になったのだった。
* * * * * * * * *
「それじゃあ、皆さん、いただきましょう」
こいつの声で、それぞれ「いただきます」と言ってから、夕飯にありついた。
俺達のデートの事、尾行中の出来事をやたら面白おかしく話すセラと環の話を、みんなが楽しそうに聞いてきた。
隣でこいつは気恥ずかしそうにしていたけど、これはこれで楽しい夜になったと思う。
みんなで飯を食べるのも悪くないって思えたのは、こいつらのおかげで、前だったらデート帰りに二人っきりになれないことに苛立っていただろうけど、そんなのは気にならなかった。
姫崎が「計画は完璧に練らないと」と意味深な発言をし、有村は剛が話している隙に、剛の大好物の唐揚げをひょいっと横取りしていた。
それを見ていたセラと環も真似をするもんだから、後半は剛の唐揚げ談義になってしまう。
その様子を見ながら、悠翔と那由多はこいつに今日の出来事を聞いていた。
由衣は由衣で、半分眠りながら飯を食べてたけど……こいつ一体、普段は何やってるんだ? と謎が深まる。
笑いに包まれた食卓は、俺と環にとっては珍しいもので、こんなにいいものなんだななんて考えてると環と目が合った。
環は楽しそうに笑うと、また剛とセラの会話の中に入って行く。
ただそれだけの事なのに、泣きたくなるくらい嬉しくって、うつむく。
そんな俺の手を、こいつが握ってくれていた。