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大学が始まってしばらくした頃、私はグリララの
ライブツアー参戦のため、地方へ前のりする事になった。

【虎雄】「明日はそんな感じで、少し早めにリハするから早起きしろよ」

【美羽】「了解です」

【虎雄】「……本当に起きられるのか?」

【美羽】「大丈夫!」

【虎雄】「ならいいけどな」

虎君は苦笑しながら私の頭を撫でた。

【虎雄】「よし、明日のスケジュールの話はここまで! 後は自由にしていいぞ」

【美羽】「じゃあ、一緒にごはん食べない?」

【虎雄】「嬉しい申し出なんだけどなあ……もう予定入ってるんだよ」

【美羽】「何かあるの?」

【虎雄】「クソ龍を潰す!」

【美羽】「は?」

【虎雄】「あいつ、自分の方が酒に強いって言いやがって……!
俺の方が強いに決まってるだろ!」

【美羽】「つまり……酒飲み勝負って事?」

【虎雄】「そういう事だ」

【美羽】「はあ、子どもなんだから……飲むのはいいけど、ほどほどにね」

【虎雄】「大丈夫だって! あいつを酔い潰してすぐ帰ってくるよ」

そう言うと、虎君は立ち上がって、夜の街へと消えていった。

【美羽】「いってらっしゃ~い」

(仕方ない、ごはんは1人で食べよう。
この辺りの事は知らないから、ホテルの人にどこかおいしいお店がないか聞いてみよっと)

【忍】「柊、お疲れ。どこかへ行くのか?」

【美羽】「お疲れ様です! 今、どうしようかなーって思ってたところです。黒沢さんは?」

【忍】「桔平達に誘われてな。今から飲みに行く」

【美羽】「大人達はみんな飲みですか」

苦笑していると、外から裕貴がやってきた。

【裕貴】「いたいた! おい、美羽。電話くらい出ろよ」

【美羽】「電話? 何か用事あった?」

【裕貴】「せっかくだから5人でメシ食おうって思ったのに、お前、携帯にも部屋の電話にも出ないから……」

【裕貴】「何かあったのかと思って、慌てて部屋まで探しに行こうとしたら、これだよ」

【美羽】「でも、スマホ鳴ってない……」

言いながら、気づいてはっと息を飲んだ。

【美羽】「……スマホ、部屋に置き忘れてきた」

【裕貴】「あのなあ」

【忍】「でも、何事もなくて良かったじゃないか」

【裕貴】「まあ、それもそうだな。よし! お前を見つけられたし、メシ食いに行くぞ」

【美羽】「桔平と翼は、もうお店?」

【裕貴】「ああ。首をながーくして待ってるぞー」

【美羽】「じゃあ、早く行こう!」

私は黒沢さんと裕貴の間に立って歩き出した。

【桔平】「お! やっと来たな。遅いぞー」

【翼】「桔平がやかましいから早く座れ」

【桔平】「やかましいってなんだよ!」

【翼】「うざい」

【桔平】「なんだとぉ!?」

【美羽】「はいはい、分かったから座って」

奥の席に、すでに桔平と翼が座っていたので、私は桔平の向かいに、黒沢さんは私の隣に、そして裕貴は翼の隣に座った。

すぐに飲み物を注文して、やってきたグラスを持つ。

【桔平】「もうすぐファイナル直前という事で、明日も気合い入れていくぞー!」

【桔平】「いきなり乾杯かよ!? お前ら、そこは『おー!』とか声かけろよ」

【忍】「いちいち言わなくてもいいだろう」

【桔平】「そんな寂しい事言うなよー」

【美羽】「桔平、すっかり出来上がってない? 一体何杯飲んだの?」

【翼】「まだビール一杯だ」

【裕貴】「今日は酔うの早いなあ」

【桔平】「俺は酔ってないぞぉー!」

そう叫ぶ桔平の顔は、赤くなっていた。
そんな桔平に呆れながら、私はウーロン茶を飲む。

【裕貴】「そっか。もうすぐファイナルなんだよな」

【翼】「2ヶ月なんて、あっという間だったな」

【美羽】「2ヶ月で……何都市回ったんだっけ?」

【忍】「10都市だ」

【美羽】「そんなにお邪魔してたんだ……。通りで、黒沢さんとも少しは仲良くなれた気がしました」

【忍】「地方へ行く度に、こうして一緒に飲んでいるからな」

笑い合っていると、そこへ注文した食べ物が出てきた。
その地方の郷土料理なども並び、豪勢だ。

【桔平】「お前達は、単独ライブしないのか?」

【忍】「今、事務所が調整中だ」

【裕貴】「おお! じゃあ、アッポリ初の単独ライブがいよいよ開催か!」

【忍】「ああ。一応、夏に予定している」

【翼】「美羽はどうなんだ?」

【美羽】「私、は……」

言葉を失ってしまい、持っていたグラスを見つめる。

【忍】「……話したくないのなら、いいんだぞ」

【美羽】「いえ、そういうわけじゃなくて……」

言葉を発しようとして、飲み込んで……何度目かで、グラスを強く握って、顔を上げた。

【美羽】「……少し前まで企業とのタイアップ曲ばかりを作り続けてて、もちろん、それ自体はすごく嬉しい事なんだけど……」

【美羽】「でも……なんだか、ただ消費されているだけな気がして、段々、辛くなってきちゃって。
もっと1曲1曲、丁寧に作っていきたいのに……」

次第に辛くなってきて、ため息をこぼしてしまう。

【美羽】「それに、相変わらずテレビの出演や雑誌のモデルの仕事が多いから、ライブをする余裕がなくて……。
私ももっとライブをしたいんですけどね」

【忍】「……それは、辛いな」

【美羽】「あ! ごめんなさい。こんな話して。
黒沢さんまでそんな顔しないでください!」

【美羽】「仕事がある事はいい事ですから! それに、こうやってグリララのライブに参加出来ただけで今は充分楽しいです!」

【美羽】「ただ……出来れば、単独ライブがしたいなって思って」

【桔平】「そうだな。ライブは楽しいもんな! 分かる、分かる!」

【美羽】「うわ……何その適当な相槌」

冷めた目を向けるけど、桔平は笑って誤魔化す。
多分、彼なりの優しさなんだと思う。

【桔平】「ほら! 明日は大好きなライブなんだから、栄養つけろ! 肉食え、肉!」

【裕貴】「おお! そうだな! この馬刺しうまいぞー」

【翼】「栄養と言えば唐揚げだろ」

【裕貴】「お前ホント唐揚げ好きだなー」

【翼】「ここのはにんにくが効いてて味が深いぞ。ほら、美羽。食え」

【美羽】「よーし! こうなったら食べまくってやる!」

翼からお皿を奪い取って、次々頬張っていく。

【桔平】「いいねえ! いい食いっぷりだ! ほら、これも飲め!」

【忍】「おい、それ酒じゃないのか?」

【桔平】「そんなわけないだろ。ただのジュースだよ。
忍にはこっちのお酒が待ってますけどねー」

【忍】「いつの間に頼んだんだ……」

【桔平】「俺って出来る男だから、さりげなく注文しておいたんだよ。
美羽も今日はどんどん食って、どんどん飲め!」

桔平からグラスを受け取って、そのまま一気に飲んでいく。

【美羽】「んぐ、んぐ……ぷはあ! おいしい! 店員さん、おかわり!」

【翼】「おー、いい飲みっぷりだな」

【裕貴】「ジュースだけどな!」

【美羽】「はあ、お腹いっぱーい」

【裕貴】「そりゃあ、あれだけ食って飲んでればな」

苦笑されるけど、気にしない。
今はお腹いっぱい食べて満足していた。

【翼】「ははっ」

満腹の幸福を味わっていると、珍しく翼が笑った。
どうしたんだろうと思ったら、桔平が黒沢さんのグラスに瓶ビールを注いでいた。

けどよく見ると、黒沢さんの頬は少し赤い。

【桔平】「ほら、忍。もっと飲めるだろ」

【忍】「ああ……」

【桔平】「おー! いい飲みっぷりだなあ」

【美羽】「ちょっと、桔平。さすがに飲ませすぎじゃない?」

【桔平】「だって忍が飲むってさー。なあ、忍」

【忍】「ああ……」

(注がれたら、注がれただけ飲んでる)

【桔平】「あはははは! ホントよく飲むなー」

(ダメだ、桔平も酔ってる。
こうなった桔平はもう止められないからなあ)

決して長くはないけど、知り合ってから今までの付き合いの中で、桔平を止められないという事は理解している。だから、ここは諦めて見守る事しか出来ない。

【忍】「……ん? 柊、どうした?」

黒沢さんが流し目をこちらに向ける。

【美羽】「いえ! なんでもないですよ」

頬が蒸気しているからなのか、いつもより掠れ声だからなのか、妙に色気があってちょっとドキリとしてしまう。

心臓が高鳴りそうなのを抑えて笑うけど、黒沢さんは私をじっと見つめる。

【忍】「……」

(な、なんだろう)

【忍】「……柊……」

(そんな熱っぽい吐息で囁かれたら、困るよっ)

私の戸惑いに気づいていないみたいで、黒沢さんは私に向かって手を伸ばしてきた。

何をされるのかと更にうろたえていると、黒沢さんの手が私の前にあったナッツを掴んだ。

(な、なんだ。ナッツを食べたかっただけか……)

【美羽】「って、黒沢さん! それはナッツの皮です!」

【忍】「……何を言っているんだ? ナッツだろ」

【美羽】「皮ですよ、どう見ても!」

【忍】「ははっ、柊は面白い事を言うな」

見た事のない顔で笑いながら、黒沢さんはナッツの皮を食べてしまった。

【忍】「……ほら、ナッツじゃないか」

【美羽】「違いますって! ほら! カリカリしてないじゃないですか!」

だけど黒沢さんはナッツだと言い張る。
酔っているのは明白だった。

【裕貴】「忍がこんなに酔うのは珍しいな」

【翼】「普段は有紀や夕星のおもりがあるから、セーブしてるんだろ」

【裕貴】「だな。しのぶぅ~楽しいかぁ~?」

【忍】「……ん」

【桔平】「あはははは! 素直に頷いてるよ!」

桔平のツボにはまったのか、更に声を立てて笑う。

【裕貴】「忍って酔ったら、普段とのギャップすごいよな。
あ、写メっとこ」

【翼】「こういうギャップに、女は弱いんじゃないか? 忍も結構モテるよな?」

【忍】「俺はモテない」

【翼】「嘘つけ」

【桔平】「それはお前が、女にちゃんと目を向けてないからだろ」

【忍】「そんな事は……」

【桔平】「いいや、ある! お前最近恋してないだろ! お前は有紀よりいい男なのに、もったいないぞ」

桔平から理不尽に叱られ、黒沢さんは不機嫌な顔をする。

【翼】「いい男だけど……顔が怖いんだよな。いつも睨んでいるからダメなんだ」

【忍】「睨んでいない」

【翼】「いや、睨んでるだろ。なあ、美羽」

【美羽】「うーん、確かにちょっと睨まれている気はするかな」

【忍】「……」

【翼】「そうだ。そのメガネが悪いんじゃないか? 取ってみろ」

【忍】「は?」

【桔平】「確かに! 忍って素の顔は色気があるもんな」

【裕貴】「んじゃ取ってみるか」

裕貴は笑いながら手を伸ばし、黒沢さんのメガネに指をかけた。

【裕貴】「ていっ!」

【忍】「おいっ」

【美羽】「あ……」

桔平達の言う通り、メガネを取った黒沢さんはまた違った雰囲気があった。
整った顔立ちをしていて、モデルだと言われても納得する。

【翼】「やっぱりこっちの方がいいな」

【桔平】「よーし、じゃあ忍は今日このまま過ごす事!」

【忍】「無茶言うな。メガネを返せ。見えん」

【裕貴】「なんとなーく、くらいなら分かるだろ」

裕貴は奪ったメガネを掲げながら、わざとらしくニヤニヤ笑っている。

【忍】「無茶言うな。本当に……何も見えないんだ」

【美羽】「黒沢さんって、そんなに目が悪いんですか?」

【忍】「その声は……柊か。ああ、メガネがないと何も見えない」

【美羽】「じゃあ、大変じゃないですか。大丈夫ですか?」

【忍】「大丈夫、じゃない。おい裕貴、メガネを返せ」

言いながら、なぜか私の方に向かって顔を近づけてきた。

【美羽】「く、黒沢さん!?」

【忍】「いい加減にしろ、裕貴。さっさとメガネを返せと言っている」

【美羽】「私は裕貴じゃありません!」

【忍】「どこをどう見ても裕貴だろ」

【美羽】「性別からして違います!」

否定しているのに、黒沢さんは私を裕貴だと信じ込んでいる。

(私、そんなに女らしくないかな!?)

近距離にいる黒沢さんの顔に心臓がもたない反面、すごくショックを受けてしまう。

【裕貴】「目が見えない上に酔ってるから、余計理解出来てないんだな」

【忍】「裕貴、いい加減にしないと怒るぞ」

黒沢さんはまだ勘違いしたままで、どんどんこちらへ詰め寄ってくる。

男の人にここまで近づかれた事なんてないせいで、頭はパニックだし、心臓は驚きで弾けそうになっている。

何より、黒沢さんの息が触れて、身体がゾクゾクしてしまう。

鼻がつきそうなほどの距離まで来られ、自然と息を止めた。

【美羽】「わ、たしは……! 裕貴じゃ、ありませんっ!」

肩を掴んでぐっと力を入れて押してみる。
けど黒沢さんは鍛えているみたいで、びくともしない。

【忍】「裕貴……あまり俺を困らせないでくれ」

(そんな困った顔されても……私が困ります!)

【桔平】「ははははは! 美羽の顔真っ赤になってるぞ!」

【翼】「なんだ、見せつけてくれるじゃないか」

【美羽】「ちょっと! からかってないで黒沢さんを止めてよ!」

【桔平】「えー」

【翼】「面白いからしばらくこのままでいいだろ」

【美羽】「よくない! 裕貴、メガネ返してあげて!」

【裕貴】「やだ」

【美羽】「もう! 子どもみたいな事言わないでよ。大人でしょ」

【裕貴】「俺はまだ子どもの心を持ってるんだよ」

裕貴は黒沢さんのメガネをひらひらさせる。

【美羽】「まったく……ごめんなさい、黒沢さん」

【忍】「いつまでも大人になりきれない、困ったヤツだ」

黒沢さんはやっと私から離れると、テーブルにあったナッツ……
もとい箸置きをつまんで口に運ぼうとした。

【美羽】「それ食べちゃダメなやつです!」

慌てて箸置きを奪うと、黒沢さんは悲しそうな顔でこちらを見た。

【忍】「俺の好物を奪うのか?」

【美羽】「奪ってませんよ、これは食べ物じゃないですっ」

【美羽】「裕貴! これ以上はダメ。黒沢さんにメガネを返してあげて。
食べ物じゃないものまで食べだしちゃう。危険すぎ!」

【裕貴】「うーん、しかも酔ってるしなあ……仕方ないな」

渋々だったけど、裕貴は私にメガネを差し出した。
それを受け取り、黒沢さんにかけてあげる。

【美羽】「はい。これでもう見えますよね。
そして私が裕貴じゃない事も分かりますよね」

【忍】「ああ……」

黒沢さんはメガネを何度か押し上げた後、ほっとしたのか、表情を崩した。

【忍】「ありがとう」

見た事もないほど優しく微笑む黒沢さん。
その表情に、驚きで胸が高鳴る。

(黒沢さんって、あんな顔もするんだ)

目を離せないでいると、黒沢さんの身体がこちらへ徐々に倒れてきた。

【美羽】「えっ……」

黒沢さんは私の肩に頭をあずけ、もたれかかってしまった。

【美羽】「黒沢さん!?」

【忍】「んー……」

曖昧な返事を最後に、黒沢さんから寝息が聞こえてくる。

【美羽】「黒沢さん、起きてください。黒沢さん!」

空いている方の手で揺すってみるけど、黒沢さんはまったく起きてくれない。

【忍】「……ん……」

【美羽】「寝ちゃってる……」

(ううう、寝息が首にかかってくすぐったい……っ)

【桔平】「あちゃー。飲ませすぎたか」

【美羽】「もう、何してるの……」

【桔平】「悪い悪い。今、タクシー呼んでくるから。ちょっと待ってろよ」

桔平は立ち上がって、店の店員さんにタクシーを手配してもらうようお願いする。

それからタクシーが来るまでの間、私は黒沢さんにもたれかかられたまま、動けなかった。

――翌日。

朝からリハがあるため、早くに起きてスタッフや関係者がロビーに集まる。

そのままライブ会場へ移動するために待っていると、黒沢さんが荷物を持って下りてきた。

彼は私の姿を見つけると、申し訳なさそうに肩を落としてこちらへやってきた。

【美羽】「あ……お、おはようございます、黒沢さん」

【忍】「……おはよう」

【美羽】「その……よく眠れましたか?」

【忍】「……ああ」

【美羽】「それは良かったです」

昨日の今日だからか、私も恥ずかしくてまともに黒沢さんを見ることが出来ない。

【忍】「そ、その……昨日の事だが……」

【美羽】「っ! な、なんでしょう」

【忍】「桔平に飲まされすぎたようで……とても情けない話だが……
……途中から記憶がないんだ」

【忍】「俺は酔うと、どうも変な事をしてしまうみたいでな。
もしかして、柊を困らせるような事をしていないか?」

  • 何もなかったと嘘をつく
  • 本当の事を言う

CHOOSE : 何もなかったと嘘をつく

(ナッツと間違えてナッツの皮とか箸置きを食べた、なんて知ったら落ち込みそうだな)

(それに……私にもたれかかった話なんてしたら、黒沢さんと気まずくなるかも。それは……嫌だな)

【美羽】「いえ、何もありませんでしたよ」

私はあえて嘘をついた。

【美羽】「ちょっと疲れてたんだと思います。
酔い始めたら、すぐ寝ちゃいました」

【忍】「……」

【美羽】「黒沢さん?」

【忍】「あ、いや……そうか。何もなかったんなら、良かった」

黒沢さんは気が楽になったのか、ほっと安堵の息をこぼした。

そこにいるのは、もういつもの黒沢さん。
だけど、私の脳裏に昨日の黒沢さんが浮かぶ。

(黒沢さんって、私より大人だし、頼りがいあるけど……
あんな子どもみたいな顔を見せる時もあるんだなあ)

(あれは、私だけの秘密って事にしておこう)

CHOOSE : 本当の事を言う

(うーん、やっぱり嘘をつくのは良くないよね)

【美羽】「あの、実は……」

私は、黒沢さんが私にもたれかかった事まで包み隠さず話すと、黒沢さんは顔を真っ赤にしてしまった。

【忍】「お、俺は……そんな事までしてしまったのか……
本当にすまない」

【美羽】「いえ、そんな……酔ってたんですし」

【忍】「いや、酔っていたからなんて……言い訳だ。
すまない。この詫びは必ずする」

(話さない方が良かったかな)

こっちが申し訳なるくらい何度も謝られ、私までうろたえてしまう。
それでも黒沢さんは、何度目か分からないほど謝った。

【桔平】「よーし! そろそろ移動するかー!」

桔平が声を上げると、みんながぞろぞろと移動する。

【美羽】「えっと……行きましょうか」

【忍】「ああ……そうだな」

歩き出すと、黒沢さんはひっそりため息をついた。

【忍】「気をつけていたんだがな」

【美羽】「酔わないように、ですか?
でも、私が天城家へ引っ越してきた日も黒沢さん酔ってましたよね」

【忍】「え……」

【美羽】「え?」

【忍】「……忘れてくれ」

黒沢さんは頭を抱えて大きなため息をついた。

その姿を見ていたら、自然と声を立てて笑ってしまっていた。

(最初に見た時は、怖い人なのかと思ったけど、なんだか今は可愛く見えちゃうな)

そんな事を思いながら、私はライブ会場へ向かう車へと歩き出した。

【忍】移動車へと向かって歩きながら、楽しそうに笑う柊。
その横顔を見ながら、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

【忍】酔った後の記憶がない……なんて、嘘だ。
本当は、柊にもたれかかって眠りにつくまで、俺はすべて覚えている。

【忍】記憶はあるのにあんな行動をとってしまうんだから、本当に俺の酔い方は質が悪い。

【忍】だが……申し訳ないと思う反面、俺の事を払いのけずに受け止めた柊のぬくもりは、心地良かった。
今でも思い出すだけで、わずかに心がくすぐったくなる。

【忍】曲作りへの葛藤とジレンマ――。
俺と同じ悩みを抱えながら、それでも前向きに頑張る柊。
その姿に、俺は親しみを感じているのかもしれない。

【美羽】「今日のライブも頑張りましょう! 黒沢さん!」

【忍】ガッツポーズを作って笑う柊に、俺は慣れないながらも、彼女に微笑みかけた。